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2020(令和2)年11月6日 大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所 大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 データサイエンス共同利用基盤施設 国立大学法人 東京大学大学院理学系研究科
国立極地研究所(所長:中村卓司)の西村耕司(にしむらこうじ)特任准教授を中心とする、データサイエンス共同利用基盤施設、東京大学大学院理学系研究科の佐藤薫(さとうかおる)教授および高麗正史(こうままさし)助教、京都大学による研究グループは、南極昭和基地大型大気レーダー(PANSYレーダー、図1)などの大気レーダーでの観測データから、上空で発生している大気乱流の特性を正確に導くための、理論式の導出に成功しました。 速度の分散といった大気乱流の特性は大気レーダーでの重要な観測対象ですが、これまでは大気乱流と観測データの厳密な関係式が分かっていなかったため、観測モデルを大幅に単純化することにより、近似的に乱流による速度の分散が推定されていました。 本研究では、観測モデルの数理的な分析により、世界で初めて、乱流による速度の分散と観測データの間の関係式を厳密かつ簡潔な形で導出することに成功しました。また、この理論を用いて、観測データから正確に乱流の速度の分散を算出するアルゴリズムを構築し、さらに、数値シミュレーションによりその推定精度が非常に高いことを示しました。本成果は学術誌IEEE Transactions on Geoscience and Remote Sensingに掲載されました。
図1: PANSYレーダー
1045本のアンテナからなる南極昭和基地大型大気レーダー(Program of the Antarctic Syowa MST/IS Radar; PANSYレーダー)は、2015年の本格稼働以来、昭和基地の上空約100kmまでの風向、風速、温度などを常時測定し、極域の大気の流れや大気波動の研究に貢献しています。 地球におけるエネルギー収支は地球が受ける太陽放射と地球が宇宙に放出する赤外放射がバランスしています。太陽から受け取るエネルギーは緯度によって大きく異なりますが、大気や海洋の流れにより再分配することで地球は安定な環境が保たれています。このエネルギーの再分配に寄与する大気の流れには積雲対流や様々なスケールの大気波動、台風、温帯低気圧などの組織化した現象、赤道と極域、あるいは、両極をつなぐ大循環など様々な形態がありますが、エネルギーの流れの最終形は、大気乱流に伴う運動エネルギー散逸で生まれる熱です。したがって、大気乱流(向きや速度が不規則に変化する小規模な流れ)の特性(速度のばらつき等)を正確に測定し、乱流による大気の力学的なエネルギー散逸を求めることは重要な課題です。 PANSYレーダーをはじめとする大気レーダーは、地上のアンテナから電波ビームを発し、大気によって反射された電波を受信することで、上空の観測を行います。しかし、発射される電波ビームには広がりがあり、かつ、大気は上空で移動していることから、観測される風速には、平均的に近づく、あるいは遠ざかる相対速度が加わります(図2)。大気レーダーによる風速の観測データにはこの相対速度による見かけの加減速と、乱流による分散の両方の成分が含まれており、乱流による分散のみを直接観測することはできません。さらに、大気乱流の速度の分散と、観測される信号の間の厳密な関係が分かっていなかったため、実際よりも単純な近似モデルによって観測データから乱流による速度の分散を推定するしかなく、正確に算出されているかが不明でした。しかも、この手法では、PANSYレーダーのように複雑なビーム形状を持つ大気レーダーにおいては、近似的な乱流特性の算出でさえ困難でした。
乱流による速度の分散とレーダーでの観測値の厳密な関係については、従来、極めて複雑な方程式で表されることが知られていましたが、この式では、コンピュータを用いても実用的に解くことができませんでした。本本研究で西村特任准教授らは、乱流の物理的、統計的特性を考慮することにより、極めて複雑であった乱流特性と観測値をつなぐ、端的かつシンプルな関係式が得られることを見出し、その導出に世界で初めて成功しました。得られた厳密な理論式により、観測データから乱流による速度分散を正確に計算することが可能になりました。さらに、レーダーシステムの構成、例えば非対称なアンテナ配置などにより、これまで知られていなかった推定バイアスが発生することなども明らかになりました。 また、本研究で証明した理論関係式を解く計算アルゴリズムを構築し、これまで困難であった乱流による速度分散の正確な推定が可能となることを数値シミュレーションにより示しました。
乱流の強さが高い精度で測定できるようになったことにより、乱流による大気の力学的エネルギー散逸を、大気レーダーで正確に推定することが可能になりました。これにより、地球の大気大循環に関わるエネルギー収支の研究が加速することが期待されます。 また、本研究で示された乱流散乱の数学的理論は、あらゆる大気観測用レーダーに適応可能であることから、例えば気象予測などに用いられるレーダーにおいても精度の向上が期待されます。
掲載誌:IEEE Transactions on Geoscience and Remote Sensing, October 2020 タイトル:“Spectral Observation Theory and Beam De-Broadening Algorithm for Atmospheric Radar” 著者:西村 耕司(情報・システム研究機構 国立極地研究所 特任准教授、 情報・システム研究機構 データサイエンス共同利用基盤施設 特任准教授、 総合研究大学院大学 複合科学研究科 極域科学専攻 准教授) 高麗 正史(東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 助教) 佐藤 薫(東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 教授) 佐藤 亨(京都大学国際高等教育院 特定教授) DOI:10.1109/TGRS.2020.2970200 URL:https://ieeexplore.ieee.org/document/9047136
本研究は、JST CREST JPMJCR1663、JSPS科研費JP17H02969、JP18H01276の支援を受けて実施されました。
情報・システム研究機構 国立極地研究所 プレスリリース 東京大学大学院理学系研究科 プレスリリース
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